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暮らしの日記

地域の風の中で、ゆったりと楽しんでいます。

旅 二日目

2009年06月02日
6/1 
朝、カラッと晴れ上がり万歳を叫ぶ。
宿の朝食が、これまた豪勢なバイキング。いつも食べない朝食なのに、お腹パンパンに詰め込んだ。

今日は武田神社参拝。信玄の城跡に神社が建立され、お馴染みの風林火山の文字が見える。

詩吟の師のY氏に一吟を所望したが断られた。

続いて待望のサクランボ狩り。バスを降りてトコトコ木の有る場所までの辛いこと。辿り着いて40分2千円のサクランボに食らいつく。

上の方になっている物がやはり美味しいが、なにせ足もとが坂になっていて、非常に危なっかしい。自分では中々取れないので、取って貰い食べる。

だいたい50個は食べただろうか。

帰りにケース入りを求める。1パック1,000円中は15粒。土産に10ケース購入した。

昼食にろばた料理を食べる。囲炉裏に岩魚、揚げ、団子、こんにゃく、シイタケなどを焼きながら、またもやホウトウが出てきた。

周りを見渡すと、みんな残している。やっぱりなぁ。申し訳ないが美味しくない。
バラバラの音に外を見る。突然に大雨が屋根を叩く。「ありゃー」しかめる面々。

小雨を見計らって、バスに乗り移動、忍野八海を見学する。「小雨だし、まっいいか。」と

傘を差しながらの見学だったが、突然 大粒の叩きつける様な雨に、小さな傘は用を為さない。結局 下からと上からの雨に、ビッショリと濡れてしまった。慌ててバスに戻っても着替える事もできず、お尻とおなかあたりは、冷たい感覚がずうっと続く。途中のサービスエリアのトイレで紙を大量にオムツのように詰め込み、少し落ち着いた。

家にたどり着いたのは八時。クタクタ。

旅行でした。

2009年06月02日
5/31
朝 7時猿ヶ辻公園前 雨の中を出発
山形県への旅行は卯辰会の男9名女11名の計20名
前日より出したり入れたり落ち着かない荷物を持って天候に不安を抱えての旅だった。

第一目的地 渓谷美の昇仙峡は、やっぱり以前訪れた場所だった。急な階段を前に、リタイヤは私を加えた3人。

昼食のホウトウには、疲れも加えて喉を通らない。
慣れ親しんだうどんと、そのつゆの方が…。ごめん。

 次は山梨県立美術館にてミレーの数々の名画を見る。落ち穂ひろいの絵にくぎ付け。
館前の整えられた前庭にも芸術を感じる。


印傳博物館では、小銭入れと指輪入れを購入。手元にある財布と眼鏡ケースとで、4点の印傳物が手に入った。

下戸の私は興味の少ないワイン工場も見学した。試飲で唯一のグレープジュースを堪能した。


宿は石和温泉「糸柳」にて抜群の料理を頂く。












メッセージカードを頑張っています。

2009年06月05日
 旅行後遺症にて、只今 身体の至る所にモーラステープを貼っての生活です。

 昨日は、旅行の幹事さんから、旅館で忘れものをしなかったかとの問い合わせに、サングラスがバックに入ってないのを発見。

 旅館の「糸柳」から厳重に梱包して、私の安物サングラスが帰ってきました。年やね。恥ずかしい。

至れり尽くせりの糸柳では、ワインの樽が飲み放題で提供され、宴会の後 部屋に戻ると夜食のおにぎりまでありました。

また行きたい宿だけど、遠過ぎてね。

そして本日、「ふみの会」のメッセージカード作りをしました。

行事が重なり、参加協力者は5人。
下準備をして行ったので、段取り良く大分進んだ。

しかし もう一日 日曜日に作業を続けなくては、完成とは言えない。

「ふみの会」会員 協力してよぉぉぉぉ!

やっとカッと完成

2009年06月07日
 本日 メッセージカードが終了しました。

最近 このサイトに繋がりが悪く、最もルーターから離れてはいるのですが、イライラして「ヤアメタ!」
となっています。

我慢してつながりを待っていれば良いのに、短気になってしまったなぁ。

で、我慢してブログ記入です。

6月は、旅行の季節、行事の季節、何やかにやで協力会員が5日に4人、7日に5人で泣きそうになりながらの作業。

到底 仕上がらないと覚悟して、自分で夜なべを続けていました。

それで7日、朝9時半から午後5時半まで、必死に作業していました。

終了の開放感は、ん! 脱力感かな?

掃除して、連絡簿に記入して、鍵をさつき荘に持って行ったら、真っ暗。

日曜日のこの時間まで、いる筈ないか。

取り敢えず終了。

明日へに向けて

2009年06月09日
昨日は痛いところのケアに走り回り、本日は明日の「さつき交流会」のための弁当箱を洗浄する。

「ともしび会」で弁当作り、「すすめグループ」は民舞踊、「ひまわりグループ」は紙芝居と歌。

そして、我が「ふみの会」は立派な壁掛けのメッセージカード。えっへん。 <(`^´)>

気合を入れて頑張ろう!!

ところで、あねださんちのE子さんにして頂いた、マッサージは、当初 気持が良かったのだが、やはり揉み戻し? がやって来た。

ヒーヒー言って歩いている。
4時過ぎに医院へ、膝の水抜きに行ったけれど、何だか終了していた。

モーラステープを、痛いところ全部に貼って、就眠。

超多忙の一日

2009年06月10日
 忙しかった。

朝 八時半 旅川会館調理室に入る。
超多忙な一日の始まり。

今日は「さつき交流会」の日。
ともしび会が一丸となっての協力をする。

まず、お弁当づくり。
いつもの家事の一端なのに、アスパラガス切るのも、いちいち栄養士さんに指導を仰ぐ始末。

自分単位で出来ない行動は、モタモタして流動的ではない。そして、一般的に薄味仕立てだから身体には良いが美味しくない。

昔からの食に生きて来られた、私も含め高齢者にはこの薄味が美味しくないのだが、世間には通用しない。

床をビショビショに濡らし、足を滑らせながらの奮闘で、少し前が見えてきた頃、アトラクションの時間となる。

「ひまわりグループ」は紙芝居と歌、「すずめグループ」は民舞踊。


私もかぐや姫の紙芝居を読む。終った途端、即 エプロンを着けながら調理室へ駆け込む。

今日の協力者の中でアトラクションに出ない三人が、頑張ってくれている。

バタバタと走り回りながら、調理の出来た物を弁当に詰める。


さつき荘のコミュニティ会館にて会食。
私たちも同席しての食事会だった。
終了後、弁当を片づけながら、今回のメッセージカードの出来栄えを参加した招待者に聞く。

期待してはいたが喜んで貰えたようだった。


それにしてもこの忙しさは、少しムリ。

二日町サロン「いずみの里」第一歩

2009年06月11日
 二日町サロン「いずみの里」が、今月21日に開催することが出来る。

その準備委員会を公民館で行った。
式典、会場設営、担当役割、準備するもの etc.

考えることは絶えず現れる。
ミスはないか。何か忘れていることはないか。
何人の人が、来てくれるのか。

ミニ式典をするにあたり、経緯説明も必要。

あぁぁぁぁぁ!

三年も前から、知人に相談とお願いを繰り返して、半分あきらめていたのだが、グルメ仲間の「食べまい会」メンバーが、バックアップしてくれた。

そして、心強いことに、区長さん、副区長さん、民生委員さんが、背中を押して下さって、まだ出発前なのに、二日町自治会から助成金まで頂いた。

失敗は許されない。背水の陣で臨もう。

他の地域のサロンに追いつけるように、二日町の住民が心を寄せられる場所を作るために。

松風会大会の合同練習

2009年06月12日
 14日に行われる、松風会大会の合同練習が、夜の7時半に産文で行われた。

女性は「月夜三叉江に舟を泛ぶ」の合吟です。
私は一番の端の位置で最後にトコトコと出て行く。

手の位置がどうの、足の進み方がどうのと煩い事。

タッタ 二分弱の出番に、着物、帯、そして前記の所作にパニック。

大変だぁ! 

当日は私は何故か役員になっている。私より高段位の人が大勢いるのに、何十年か前の若い時も 役員になって嫉みの対象になり 苦しんだ事があった。

今じゃ 私も苔が生えているので、少しの苛めにはオタオタしないれど。

「それが何か??」と、応酬もできると思うね。

本日 詩吟漬け

2009年06月13日
 午前中は、いつもの詩吟教場での特訓。

最近、喉の調子が悪く、張り切ると咳込むようになった。何だか不安ではあるが、ゆるゆると頑張ろう。

午後から大会の、役員打ち合わせが砺波文化ホールであった。

接待の管轄は、お茶出し、お菓子のセッテンぐ、昼食時、来賓への接待となっている。

詩吟の先輩で、Kさんがチーフだ。

この方は、親しく喋ったことはないが、私の憧れる人である。

詩吟の声も吟調も好きだ。加えて私と似た体形なので、昔から親近感を持っているが、憧れが強いほど尚更しゃべれない。

今回は少し親しくなれるかな…とワクワクしている。

昨年の大会は高岡であったので、妹に着つけて貰ったのだが、今回は砺波の会場だし、詩吟の会の着物なので、何とか自分で着ようとしている。

母に作って貰った、新装帯がまた重宝できた。

やっと解放

2009年06月14日
 モソモソと着物を着て、午前八時過ぎに家をでた。
どうしても帯が収まらない。

新装帯の位置が不安定なのかも知れない。

脳天気に「まっ!いいか。」とスタート。

接待のスタッフは、自分で考え動ける人ばかりで、何とも心地よい。果物をカットする人、皿が出てくる。各控え室へのコップ、菓子、飲み物……

既に走って目的地に向かっている。

調理室の終了は、他の終了と同じ時間だった。

後からすると言うイヤな隙間がなく、私の性格にピッタリ。気持の良い、接待スタッフに恵まれ、大変だったが楽しかった。

22番の詩吟の出番も、どうやらこうやら…

寿吟詠で、同じ教場のOさんが出場した。ドウドウと発表する姿に涙が滲んだ。彼女は今年90才。

終了後の直会は、宴席の苦手な私にとって、辛い時間だったが、懐かしい詩舞のМ先生にお酌も出来、ソット会場を出た。午後五時だった。

グッタリ。

高齢者サロン

2009年06月15日
 午後から寺家の高齢者サロンを、ひまわりグループで訪ねる。

すずめグループも来ていたので、出し物を紙芝居だけにしようとしたけれど、サロンは参加型の形をどうしても取りたい。

すずめグループに無理言って、みんなで合唱タイムをとった。

参加者のニコヤカで、大きな合唱に手ごたえを感じ、ボランティアを終えた。

さあ! 次は二日町のサロン「いずみの里」の始動。
一軒づつ、私の担当区を訪ねた。

「オシッコが近い」「足が痛くて座れない。」「人と会いたくない。」「用事がある。」…

なかなか出席率が掴めない。

でも、初めは20人集まれば良い。の考えで発信するよりしようがない。

大きな二日町なんだが、認識度が少ないのは、寂しい。

ハートヒヤボランティア定例会

2009年06月17日
 午後 井波社協にて傾聴ボランティア「ハートヒヤ」の定例会が行われた。

事例は一件のみ。
まだまだボランティア自体が未熟だとは思うが、居宅での傾聴依頼が、なかなか増えない。

意見交換の際に、施設、病院の需要について聞いて見たが、窓口でシャットアウトとの事。

私自身、一人で活動をするのは怖い。どこまで責任が取れるのかと言われたら、やはり無責任ボランティアと言われても仕方がない。

夕方、買い物に出かけ、友達のケースワーカーに出会った。

立ち話ではあったが、私の疑問をぶつけて見た。

「あらー。大変。なかなか厳しいよ。ボランティアで出来るかなぁ。」…と。

ますます滅入ってしまった。

恋ねこ

2009年06月18日
 ああぁぁん♪ なああぁぁぉ♪ ああなぁぁん♪

隣家の雌猫を求めて、本日も出張。

以前は、お隣の猫だし我慢我慢と耐えていたが、どうも隣人の言によると、隣家の飼い猫では無いらしい事が分かった。

我が小庭を堂々と通り、塀を乗り越え隣家に忍んで行く。そして、例の身もだえするような鳴き声を発する。


雪の日も、雨の日も、もちろん穏やかな日には、長時間の恋歌が続くのだ。

灰色のシャムがかった飼い猫みたいだ。首輪も付いているし、野良のように素早く逃げることもない。

昔は春になると…動物はふけると言われていたが、最近の猫は精力的なのか、365日 絶え間なく続いている。

昨夜は夜中の一時にはじまった。

かんにんして欲しい。

火災報知機

2009年06月19日
各家庭に火災報知機を付けろとのお達しがあって、4個の報知器を付けた。

あの頃は5000円以上もしたのに、最近は2000円チョッとで、同じものが売られている。

不思議なことに、階段、二階の居室など 離れた場所に設置するようにとの消防関係から説明があった。

設置後も確認の見回りを受け、完璧に命令に従った訳だが、高い買い物だった。


そこで疑問が。

・誤作動するとは言うが、何故 火の近くに報知器の 取り付けがダメなのか。
・二階に付けても、火が上ってきた事態で遅いのでは ないのか。
・誤作動するような、高い報知器を何台も買わせるの か。
・試しに紐を引いて見たいが、大音量が出るとイヤだ し。
 
などなど…

 しまいに、業者に踊らされているのでは…との疑問まで出てきた。

ホンとに義務化なの???

長寿会草刈り奉仕

2009年06月20日
 午前中は詩吟教室。大会が終わり、ホッとひと息の期間です。私は出演出来ないけれど、明日は高瀬遺跡での吟道大会があるので、それに向けての特訓が行われていた。

 午後からは長寿会の頌和塔の草刈り奉仕に行って来た。肩まで伸びている雑草も、草刈り機によってタチマチすっきりとなって、下手くそな私の作業などは邪魔の部類だった。

いっちょ前に汗だけはダラダラと流れ、足腰が微妙にだる痛い。

明日に備えて、大事に大事にと…。

明日はいよいよ、「いずみの里」の発会式。

チラシ、歌詞カード、ビンゴ景品、張り紙…

何か抜かっていないか、不安いっぱい。

でも有志のバックアップを信じて、スタートを切ろう。

頼りがいのあった仲間

2009年06月21日
成功でした。

高齢者サロン「いずみの里」が、今日スタートを切りました。

平成16年、未だ合併前の頃、ボランティア連絡協議会主催のサロン説明会があって、役場からは依頼説明、社協からは詳細説明。
ボランティア関係者、民生委員、サロン計画者が集まり大集会になりました。

その頃、ボランティア連絡協議会のトップにいて、身体の自由が利かず、すべてをリタイヤしてから気がつけば、自分の住んでいる二日町にサロンの姿がない事に愕然。心の底にはサロンが消えることなく続き、有志を探すのに心休まることなく過ごしていました。

そして、そして、やっと本日を迎え、これで死んでも悔いがない心境です。



ご近所なのに何年も話したことがない。
足腰が痛くて外にあまり出ない。
だんだん人と会いたく無くなってきた。

初めの様子を見ている人もあり、そんな所へは行きたくない…と言う人もあり、なかなか腰が上がらない現状でしたが、スタッフとして活動してくれた仲間のおかげでスタートがきれました。し・あ・わ・せ

折り紙 懐メロ、軽体操、ビンゴなど
他愛のない内容だけど、「ありがとう」の帰りの言葉で、今 私の気持ちはスカッとした青空です。

冷めやらぬ内に

2009年06月22日
 昨日の興奮が冷めない内に報告書を作成する。

回覧版として全二日町に回覧されるので、写真は余ょり顔を控えて掲載。


この写真も会場で「パチリ」の後、直ぐプリントアウトして配る。「あらぁぁ。こんなに早く出来るがけ?」

この時も彼のTSTの女性記者さんの
「みなさん。目をつぶってぇ。はい! 開けてぇ。」
「パチリ」

が、大いに役に立った。参加者も「こんな方法があったれぇ」と大騒ぎ。

兎に角 私の記憶が薄れない内にと報告書を完成させ、大雨の中を区長さん宅と民生委員さん宅に運ぶ

庇って持って行ったのだが、やはり少し濡れた。

後は明日の仕事としょう。

ほたるの訪れ

2009年06月23日
夜 買い物に出かけた。

両手に大きな袋と西瓜。車から降りて「ヨッコラショ」と。

玄関へ続く我が家の小庭に、「フッ」と光が横切った。

「ぁっ! 蛍。」

昨夜の大雨の中、何処かで潜んでいたのか、かぼそい光を放っての登場だった。

でっかい西瓜を下に置き、消えた辺りの探索。
石の下に止まっていた。


早速 そっと石を取り除き、手のひらにのせる。

暗闇の中で熱くない光を感じる。

庭木の上に移動させての観賞。

家に入っても、カーテン越しに庭を眺める。

たった一匹のホタルに、心満たされた感じだった。

気がついたら、スイカを車の傍に置いたまま。

プロジェクター作業

2009年06月24日
明日は南部サロンでの活動がある。
紙芝居をprojectorで照射して見ようとばかりに、ボランティアルームでの点検をする。 

何度か経験していたのに、私の記憶は既に彼方へ。

ノートにも詳しく記録していたのに、上手くいかない。

パソコンとprojectorの相性が悪いのかも…などとブツブツ。

結局 家に持ち帰り、頭を冷やしての作業の結果、入力検出の所が違っていた。

パソコンの画面解像度の所も解決。

こんな事、暫くすると又 始まるんだろうな。
嫌になってしまう。

夜、21日のサロンでお世話になった友人が、食事に誘ってくれた。
彼女は現役の管理職。「まかせなさい!」
とばかりに胸を叩く。

廻るお寿司屋さんでない、お寿司を腹イッパイ食べてきた。ごっそうさん。

プロジェクターによる紙芝居

2009年06月25日
 午後一時半。南部公民館へ出かける。
 
 今日は南部地域のサロンでの活動だった。この間から温めていたプロジェクターによる紙芝居をここで初披露して見た。




 パソコンに既にpowerpoint入力してある二作「大杉と天狗さま」「金塚の宮」をスクリーン一杯に写す。二作共、小さな紙芝居なのに、大型の物に引けを取らない迫力で、これは成功だったかな?
 
 続いてEさんのマジック。私も以前 習っていてマジックの用具も洋服も揃ってはいるが、ヘリオスの大舞台でマジックのタネをポロポロ落としてしまい、見に来ていた悪がきに「へたっぴ」とからかわれてから床下収納庫に封印している。でも いつかまたやってみようとは思うのだがナカナカ。

 最後に、全員で歌を歌う。やはり知っている歌はど迫力。会場一杯に響いた。

 疲れたけれど、やりがいを感じた。

時代のシンボル

2009年06月26日
 毎日 忙しさにかまけて、家中が埃の巣窟になっていた。
出来るだけ眼鏡を掛けないようにして生活していたが、今日は徹底的に大掃除をする。


マイケルジャクソンが亡くなった。
夜には追悼番組が設けられ、「スリラー」のノーカット版を見ることが出来た。

それにしても、可愛い黒人の少年がカッコイイ青年に成長し、それ以後に整形を重ねゾンビの様な顔に変形した。孤独感と疎外感に付きまとわれ肌の色を白くすることから皮膚ガンか共いわれ、ひとつの大きな時代のシンボルが去った。

京都からの届け物

2009年06月28日
 京都在住の同級生から、今朝 届いたもの。
それは「すぐき」と「柚餅」
いずれも私の大好きな品物です。

すぐきは早速 細かく刻み、お茶漬けに。サラサラと食が進み過ぎるのがチョットね。


酸味の効いたお漬け物。

それから鶴屋吉信の柚餅。
小粒の餅に、手が止まらない。


いつ頃からかなぁ。京都の妹の家に行った際は、帰りにはいつもこれらが、帰りの荷物の中に入っていた。

百葉さん ありがとね。
美味しく美味しく 頂きました。

とまとの成長

2009年06月29日
 肩が手が腰が痛い…とおっしゃるパートナーに代わって、今年は私がトマトを植えた。
 
 口だけは痛くない彼の指導のもとに、鍬を持ち土を耕し、接ぎ木の苗を買い植えた。

 それぞれ種類が違う、たったの四本のトマト。

 毎日 水を与え 添え木をして、現在はスクスク育っている。

 最近 わき芽を採れとのご注意に、気がつけばわき芽も立派に育っている。
黄色の小さな花もついて、とてもじゃないが切るわけにはいかない。

「いいもん! 私が食べるんだから…」と強情を貫き、現在に至っている。

 …が、口だけの人が、「わき芽を切っといたぞ。」
ひえー。かわいそうに、バッサリと葉が切られていた。

 赤くはないが、ミニトマトは一杯実を付けている。大きい方も赤ちゃんのコブシ程の大きさ。

 パートナーが昨年自慢いっぱいだったあれには比較出来ないとは思うが、たった四本の四種類のトマトは、すでに十分トマトの匂いを放っている。

寂しい知らせ

2009年06月30日
 卯辰会の仲間が、また一人去った。

旅行に行っても、三人分の賑わいを表していた彼が、何年か前から腰を痛め、何度かの手術を終え元気になったのかと思っていたが、今度はヘビースモーカーの彼に肺ガンと言う、大変な病が降りかかり、そして
私たちの前から姿を消した。

お通夜には、同年の仲間の顔がいっぱい見え、彼への懐かしさを辿っていた。

ところで、男性ばかり早く亡くなるのは何故だろう。

若い頃から肉体的にも、精神的にも苦労を味わってきたからだ。と言う男性たち。

しかし、肉体的に無理としても、同じように苦労を味わって来た女性も沢山知っている。

会を結成して10年。男性会員がポロポロ欠けていくのに、女性は一人の脱落もない。

年相応に弱ってはいるが、楽しい日々を感じていたい。
作者 : ひまわり

地域の風の中で、ゆったりと生きています。

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