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暮らしの日記

地域の風の中で、ゆったりと楽しんでいます。

忙しい一日

2009年08月01日
 母が大腸ガンの手術を四日にするため、明日から京都に住まいします。

 …と言う事で、本日はてんてこ舞いの超多忙な一日でした。

 主婦が数日 留守にする事は、パートナーにとっても、青天のへきれきでしょう。

 長男宅には、頼むとは言ってはいるけれど、何しろ自由気ままに命令していた身分としては、具合が悪いかもしれません。

 少し、我慢と一人立ちの試練を願って、明日からの生活用品を整えている状態でした。
 
冷蔵庫内、洗濯機、着替え、三食のこと。

少しだけの食事用意は出来るかも知れないけれど、何日も続けられないだろうし、腹も立つことだろう。

考えないようにして、旅立ちます。

久しぶりの電車

2009年08月02日
 福野駅から乗車。キップは自動が壊れているとかで、窓口で求める。改札も見たことない箱が置いてあり、少し差し込むと日付と駅名が印字されて出てきた。ホームでしばし待って、電車が入ってきたら、入口のボタンを押してドアを開く。
 
一年に一度くらいしか乗らないので、全く勝手が分からない。

また、この電車の揺れること。バスの比ではない。

高岡に着いた頃には、胸がムカムカ、目はボーッとしていた。

妹と落ち合い、サンダーバード36号に乗車。

とめどなく会話する内に到着した。

早速母を見舞い、16日から絶食している割に、やつれていないので安堵する。

一時間ほどしゃべって、母の嬉しそうな顔を見て、病院をでた。

帰りに、そば屋さんで美味しいソバを頂く。

五色そばと言う。天ぷら、なめこ、山菜、山かけ、いくら…と、どれを食べても満点。

そば湯がこれまた絶品だった。

手術前夜

2009年08月03日
 明日、手術だと言う母は、朝 病院に行くと入浴を済ませ、スッキリとしていた。

 何となく福野のこと、孫のこと、ポツリポツリと話し、「先生を信じる」とポツリ。

95才にもなっての大手術は大変な事だろう。

しかし、こぶし大の悪性ガンともなると、捨ておくには辛いものがある。

午前中から高岡の妹と共に、話を続けている内に、眠ってしまう。

私たちの声が聞こえるのか、かすかに笑顔を見せながら…。

一時 変な状態になって、今居る所が、福野で、

「娘がボランティアをしています。呼んで下さい。」

等と口走っていたとか。今 目の前にいる母は、穏やか。

三時、遅めの昼食を近くの食堂で頂く。


手術の日

2009年08月04日
3:40 手術室に運ばれる。

母は「どうして この年になって盲腸になったがやろか?」と言う。

妹が「盲腸やった?」と言うと、「がんやった。」と。
看護師さんに、愛想を振りまきながら、手術室に入った。

6:50 終了。それから麻酔が醒めるまで、延々一時間。

7:30 先生よりの説明を受ける。
でっかい患部を見せて頂く。やはりコブシ大の凄い奴だった。

8:45 ICUに入っている母に会いにいく。
母は人口呼吸器や様々な管に繋がれて、目をとじていた。

声を掛けると、薄く眼を開き、声を探るように頷く。
分かったような分からないような、心細い面会だったがICU室から辞す。

今日は10:00に病院へ入って、帰宅は10:00

実に大変な一日だった。狭い待機室にじっと動かず、声高にしゃべることも叶わず、忙しい日常でもないのに、くったくった。ドタンキュー。

恐るべき95才

2009年08月05日
 朝、ICUに行くと、人工呼吸器は外されていた。

相変わらず、管でイッパイのベッドの周りは、傍によるのも大変。

しかし、入れ歯が入っていないものの、顔色も戻り、握り返す手も力強い。

ICUには30分しか居られない。
ICUに入っている患者は、10人もいて、そのベッドの付近には数多い医師、看護師、専門医等々がイッパイいた。

意識のない人たちと、苦しそうな呼吸のひと。
術後や重症な人たちの部屋だった。

その中で、母は身体は動かないにしても、現実に戻りつつあった。

午後の面会に行くと、部屋は一般病棟に移り、相変わらずの管だらけではあるが、声を発することが出来るようになっていた。

一日毎の回復と言うが、母の場合一時間毎の回復ぶりに驚く。

担当医曰く、「こんな大手術は大体85才までなのに、お婆ちゃんは良く頑張りました。95歳は記録ものです。」と。

そんならそっとしてしておけなかったか。とは思うが、あのガンの大きさを見た者は、全員取って良かったと思うはず。

恐るべし95歳。

まずは一安心したので

2009年08月06日
 疲れきって帰宅後、ドタンキューバタンの日だった。

 京都駅でのこと、視覚障害の三人が、白杖をつき一列に並んでホームを歩いていた。

旅行だろうか。その内、喫茶店に入って行かれた。三人はメニューを手でなぞり、何かを注文。

 山科からの電車内では、何かを絶えず叫んでいる、知的障害の女性が一人で座席に座っていた。

うっかり私たちも座ってしまったが、落ち着いてシートの表示を見ると、障害・妊婦・老人・もう一つ何だったかの表示があった。

「私たち座ったらあかんのでは?」
「でも高齢者に違いないチャ」…と。

 ばかでかいバッグを妹に助けて貰い引きずりながら、高岡に着いた。

 中身はパソコンと色々。
私はPCからは離れられない。馬鹿だね。

夏野菜の揚げびたし

2009年08月07日
 生あくびばかりの一日。

お昼から近思サロンに講演会を聞きに行く予定だったが、どうあがいても眠りこける予感がして行かなかった。

無理に身体を動かして、京都で習ってきた夏野菜の揚げびたしを作る。

「夏野菜の揚げびたし」
つけ汁の作り方
だし、みりん、トマトジュースを各160CC
酢、醤油を各80CC
これを混ぜておく。
茄子、ズッキーニー、玉ねぎ、かぼちゃ等を素揚げの後、熱湯を掛けて油抜き。
豚肉、海老などにも片栗粉をまぶして揚げる
それらをつけ汁につけて冷ましておく。

味がもう一つ思うように行かなかったが、まあまあの出来…かな??

主人いわく、苦労して作った割には…と。

それにしても、部屋が出かける前の状態に片付いている。

「俺だって、しようと思ったら片づけられるし、散らかさないんだ」とパートナーはおっしゃる。

なるほど。

何だか久しぶりの詩吟教室

2009年08月08日
 詩吟の教室が、久し振りの感でした。

9月20日は寿吟詠で、3人で「桜花の詩」

9月23日は福野松風会の吟詠発表会で「楓橋夜泊」

10月18日には福野芸能祭で「松竹梅」

京都に行ったりで声まで疲れ、高い声が出ない。
すぐ咳き込んだり、ひっくり返ったり。

困ったもんじゃ。

京都の母さんは、だいぶん元気が戻ったかな?
距離がうらめしいばかり。

雨だけは誰も怨めない

2009年08月09日
 息子たちも甲子園めがけてバスで出発。
自宅族の私たちも、空を見上げてヤキモキしました。

三時頃、「どうなったの?」と電話「今、帰りの途中」
「あらー 御苦労やったね」

何人の南砺市族が、バス、電車、マイカーで出発したのか。御苦労さまでした。

明日の応援隊が減るのが不安です。

今日 地域運動会の配布物が届いた。

何故だか、何年か前から私の名前が見当たらない。

一人残らず地域住民参加なのに、主人の名前しか見当たらない。変なもので、「そんなら欠席しよう。」と、不遜な考えがよぎる。

どうでも良いけどね。

12日に同級生の百葉さんと食事する約束に。
いろんな食事処を考えたが、井波の東山荘さんにお願いした。

久しぶりの時間を、ゆっくりと語り合いたい。

友からの便り

2009年08月11日
 南砺市ボランティア連絡協議会の前年度会長Nさんからハガキを貰った。

二月頃、階段から落ちて、その後遺症で背中、胸、膝、首の痛みが激しく、何も出来ない状態との事。

ボランティア総会の後、井口の民宿で食事を頂き、楽しく踊りを見せて頂いたのに、どうしたのだろう。

会長職を彼女に譲った後、至る所の故障が出てきた私に良く似ている。

やはり、二年間を重責に追い回され、私共々 心の緩みが、災いを招いているのかも知れない。

ハガキを書こうと思ったが、声を聞きたくて電話してしまった。

近況を語り、慰めあった。

最後にポツリと「上平のいわなのお寿司を食べたい」と。

同感、元気になったら必ず 行こうね。

高校野球は晴れて良かったけれど、ズカズカと点が入り、可哀そう。

息子たち、昨日から行っているとか。

久しぶりに「福野」の文字が盛り上がって、良かった。

東山荘にて

2009年08月12日
 お昼を同級生の百葉さんと、井波の東山荘で頂く。

京都に住まいする彼女が、感激する借景と、歴史ある宿の佇まい、それにも増して料理の美味しかったこと。

これに茶碗蒸しとご飯と澄ましでしょ。

私はご馳走を前にすると、がっついてしまい、写真を撮るのを忘れたりして、不本意なものになってしまう。根っから食いしん坊なんだろうな。
明日から又ダイエットする。…カナ???

同世代の私たちは、子どもの頃の事、同級生の事、旅行の事、話は途切れない。

一つ一つの料理を口に運び、こんなには食べられないね…と言いつつ完食。

二段腹、三段腹が パンパンの太鼓腹になってしまった。

食後、瑞泉寺を見学。外観だけで去ろうとしたが、外観だけでも拝観料がいるのだと言われ、それではと御堂にも入らせて貰った。

「子どもの頃、ここでユービス食べたっけ」等 思い出しながら涼しい御堂から宝物澱まで見学。

その後、石畳の町を散策した。

暑い暑い日だったが、家の陰を伝って店を覗き、饅頭を買い、満足して彼女を実家に送った。

また来年ね。元気でおろうね。と言いながら。

盆の準備

2009年08月13日
 平生している掃除に、プラスアルファーして、大回転。眼鏡をかけての掃除は、汚い所がワンサカ目立つ。

一通り終えて今度はお墓の掃除に行く。
父が眠っている実家の墓は、困った時だけ訪れるので、ゴミが目立った。

納骨の所をチョコッと開けて、「父さん久しぶり」と声をかけ、中の湿度、草、虫を確認する。

少し湿度が高く、砂が湿っていたが草も侵入してなく、蜘蛛も入ってなかった。

水でゴシゴシ、中々取れない苔に諦めて、花を飾る。

そう言えば、何処かで骨壷の泥棒が頻繁に起こっているとか。骨壷取ってどうする気なんだろう。

お盆の準備はまだまだ終わらない。

明日はお寺さんを招いて、家族が全員集合でお経をあげて頂く。

朝から買出しに忙しくなるはず。げげげぇぇぇ


一同大集合

2009年08月14日
盆、正月の行事は、全員集合。

2〜3年前から、ご馳走の準備が億劫になって、正月は温泉、お盆は料理屋さんでの集合になっていたけれど、「なあーんかなあ。心が籠ってない。」と、おっしゃるパートナーのお言葉通り、主婦の限りない献身が戻ってしまった。

今年は買い物だけ私がして、盛り付けや後片付け等は、3人の息子の奥さんに手助けして貰った。

刺身、果物、揚げもの、混ぜご飯、そば、オードブル、しろもつ、アユの塩焼き等など。

不謹慎にも、男たちは法事の前にゴルフに行っている。

5時に一同が揃い、お寺の住職が見えての法事。

法事の終了後、テンテコ舞いは、これから本番。

痛い足は益々…。身体は水を一杯含んだ綿布団の如く。
9時半 皆が帰ってから、ベッドにも入らず転寝。

御苦労さんわ・た・し。

方言かるたに ニヤリ

2009年08月15日
 富山弁かるたをコンビニで買った。

立川志の輔の読み口が好きなので、思わず手が出てしまったが、県内の方言も端から端だと全く通じない。
知らないものが沢山だった。


あ…あっちゃうら…あの世
い…いくそった…驚いた
え…えんなか…流水溝
お…おちんちんかいて…正座して
さ…さんにょなし…計算もできない人
そ…そーらく…わき見
ち…ちんちんぼんぼ …肩車

呉東と呉西に、山側と海側。

こんなにも違って面白い。

まだまだ福野にもある方言をこんなカルタにして見たい。

バカ恋ねこ

2009年08月16日
「あんた いつも何処から来るがけ? 静かにしてま。いつもいつも此処ばっかり来るけど、お友達おらんがけ?」

お隣の奥さんの声が聞こえる。思わず「クスッ(笑)」
ペルシャ系雑種の猫のしつこさに、イライラして「ウルサイ!しっしっ!!」追い払っていた私だが、恋い焦がれて毎日何度も通う猫には負けた。

鳴き声が大きく赤ん坊の暴れ声のようなので、通り道の我が家はえらいこっちゃ。

お隣さん曰く、「家の猫は、うんと年を取った雌猫と、若い雄猫で恋の対象ではないはず」
とおっしゃる。

通い恋猫はバカなのか、それともオカマ猫なのか。

いつ終わるとも分からない焦がれ恋の猫への挑戦はまだまだ続く。

夏バテか?

2009年08月18日
ふにゃあ!と気持ちが萎えて、身体が動かなくなりました。

夜中の二時半から目が覚めて、眠ることも出来ず「まっ!いいか」とばかりに起きて椅子に座っていたのですが、何も手につかず、思いっ切って立ち上がるとふらぁぁぁとします。

何だろうね。この脱力感。パートナーは「夏バテや。ベッドで寝とれ」とおっしゃる。

有難く楽寝させて頂きました。前夜 寝てないのもあったけれど、ウトウトは夜中まで続き、本日回復。

まるまる25時間の睡眠は腹も減らず、快適そのものでした。

睡眠に勝る良薬はなし。

母の退院

2009年08月19日
 本日 母は退院した。

大きな大きなガンを摘出して、一時は人工呼吸器を付けての状態だったのに、妹の家に戻り、「今 ソーメンと西瓜食べたんや」と嬉しそうに電話があった。

病院側は、その後の検査で糖尿とか心臓とか、不安材料を沢山見つけて頂いたが、何しろ


御年95歳。何が起きても不思議でない。このまま自然のままに静かに過ごさせたい。


じりじり焼けつくような11時半に橘 候補が駅前選挙事務所に見えた。
待機していた沢山の応援者に、心を込めて意見を述べられていた。

こんなに沢山の後援者の顔が見えたのに、南砺市は他の候補者にもフアンが多い。
何だろうね。自分の決定した人は、はっきりとは言えないだろうが、どの顔見ても二股に見える。


これが選挙なんだろうか…。

ベンガルカリーとパコラ

2009年08月20日
 暑かったですね。ジッと家の中で居ても、じっとりと汗ばんでくる。皮膚が熱く感じる。まして掃除や洗濯と家事をかたずけていると、身体は宇宙遊泳状態かなと…。

こんな時は一人でタージ★マハールと言うお店に出かける。インドの音楽が流れ、少し薄暗いお店の中で料理が出来るまで、漫画を読んで待つ。

私の気に入りは、ベンガルカリーとパコラ。



ベンガルカリーはトマトベースの酸味のあるカリー。
パコラは玉葱、人参、茄子、ジャガイモ、エビ、そしてパイナップルとバナナを味のついた衣でカリッと揚げたもの。

お店に行く度に、今日こそは別の物を注文しようと思うのだけど、やはりこの二つになってしまう。

いつかは飽きるのだろうが、随分たっているがまだまだ飽きない。

今日は持ち帰りのベンガルカリーを三個頼んでしまった。

焼肉でスタミナ回復

2009年08月21日
 長男の奥さんに誘われて、焼肉を食べてきた。

 最近 にんにくギトギトのお肉を食べてないので、心から嬉しさが込み上げてくる。

 まして、男子抜き孫抜きの女二人の焼肉食事はウーロン茶で乾杯から始り、カルビ、ロース、トントロと進み、キムチ、冷麺、ビビンバ…。




 何と言う幸せ❤


 一時間の晩餐会は、一筋の残りもなく終えた。
 
「お母さんを元気づけてあげる」
との彼女の言葉に、じわぁぁぁっと、込み上げるものをこらえた。

「次は中華にしょうか?それともイタリアン?」
またの機会があることを知って、また幸せを感じる。

明日から元気な私に復活しなくてはね。

今度は私が払うからね。

詩吟とアルカスと

2009年08月22日
午前中は詩吟教室。
10月18日の芸能祭では、私たち中央教場は松竹梅の吟で出演する。

それが今日突然に和歌が増え、それを私が担当することになった。

プレッシャーに弱く逃げ腰の自分に、
師曰く「命令です。大丈夫や」と。

どうなるやら心配だけど頑張ろう。

午後にはアルカスでのボランティア。

参加メンバーは四人。

初めは紙芝居、次はIさん指導のマジック。子どもたちはこれに食いついた。単純なマジックだけど、可愛い口をとがらせて繰り返し練習した。
「お母さんに見せてあげてね」



続いてはアニメの歌を合唱。
私の怪しいリードで、「ドラえもん」から最後の「崖の上のポニョ」まで辿り着いた。

ふと見上げると、アルカスの上の方に、手作りタペストリーのでっかい猫バスが掲げられていた。

トトロ大好き人間としては、自然と笑みがこぼれてしまった。

忙しくしていれば…

2009年08月26日
久し振りに城端のプールに行った。

何をしても体調がもう一つ。

絶対プールに入って、身体に喝を入れなくては…と。

さすがにいつものペース(1時間半)は、とてもこなせない。結局1時間過ごした。

今日のプールは、子どもたちが家族と来ていて、ぶつかってきたり嬌声が激しい。

ひたすら黙々と水の中を歩く高齢世代を、彼らはどう思っているのかな。

少しシャンとした。これからはプールでの気力回復をしょう。

お昼に VCoika さんが来宅。方言のかるたを作るとか。私もひまわりグループで作ろうと福野の方言を集めている。
お互いに負けんと頑張ろうね。


夜 詩吟の水曜会に混ぜて貰っての詩吟の練習。
「桜花の詞」の吟が気持ちよく発声できた。

気張らなかったら、スムーズに声は出てくれる。

分かっているのに、いつも張り切り過ぎて、変な声を張り上げている。

分かっているのに…。

幸せな時間

2009年08月27日
あねださんちに出かけた。

ココロとカラダ もっと元気に!

このコピーは素晴らしい。

「リラクゼーションもみっこ」での整体は、ガチガチの身体がふわぁぁとする。

時間の過ぎるのが早く感じるが、もっともっと、まだまだ、とねだる私がいる。

その後、エステをして頂く。アンチエージングと言う言葉に弱い私がいる。

この年になって、何を施しても同じことなんだけど、

身体と一緒で顔も凝っていく。

一瞬だけど、し・あ・わ・せ・な 時間。

24時間テレビと選挙と

2009年08月30日
24時間テレビが、相も変わらずお笑い芸人と、若い歌手達とで賑やかに終えた。

眉毛を太く描いた「いもと」と言う芸人が、頑張って走るお馴染みのシーンにも、感激のふれあい場面も、だんだんマンネリの文字が見えるようになって来た。

十何年も前にボランティアの私たちで、募金協力しようと言うことになって、会場のお寺に出かけた。

中々Tシャツが配られないので可笑しいなあ…と思っていたら、放送局の人が、
「お年を召したボランティアもいらっしゃるのですね」と。

いろんな行き違いで、私たちは勝手ボランティアだったようだ。

鬱憤が晴れなくて新聞に投稿したらKNBの偉い人が教育委員会にお詫びと称して現われた。

その頃の24時間テレビのボランティアは、事前に何回かの講習と研修を重ね、やっと認められて活動できたのだった。

能天気な私たちは、一応町でボランティアをしているのだから、すぐにでも協力出来るものだと解釈して恥をかいた。

そして、この活動は若い人たちの領域であることすら気付かなかった。

あれからは少し間を置いて、このテレビを観ている。


空前の圧勝、政権交代、マニフェストは国民との契約、民主党政権、若年層の雇用
歴史は大きく変わった。… 心地良い言葉が飛び交っている。

自民王国の富山県にも揺れが続き、候補者も大変な苦労の日々だった。

全国的にも民主党は、30代の若い層がたくさん当選した。政権交代の与党の歯車となるのだろうが、年齢も政権交代なんだなあ。

今日はテレビの画面からは目が離せなかったが、私の応援していた橘慶一郎さんが当選して「ほっ」とした。

高岡の妹夫婦も、これでゆっくりと出来るだろう。
作者 : ひまわり

地域の風の中で、ゆったりと生きています。

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