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暮らしの日記

地域の風の中で、ゆったりと楽しんでいます。

旅行前日

2009年10月01日
一日、主人が旅行に出かけた。

私は、朝から美容院、床屋、もみっこエステと出かける。

身も心も軽くなって、明日の私の京都旅行に備えた。

見回して、散らかす主のいない我が家は、非常に整然としている。

ひとつひとつ家事をこなすと、気持は良いのだが切りが無いので終了。

就寝は深夜になってしまった。

具合の悪いパソコンちゃん

2009年10月01日
本当にパソコンが危なくなってきた。

インターネットも繋がりにくく、尤も周辺機器から離れた所から作業している為だが、wordまで開くのがとてつもなく遅い。

重いファイルをUSBメモリーに大半を移動したのだが、まだまだ思うようには働いてくれない。

…と言う言い訳で、ブログはついつい億劫になってしまった。

イザ!京都へ

2009年10月02日
嬉しくて早く目覚めた。数時間しか寝ていないが、目はすっきりしている。

何だか足と腰が、ギクッとする。
いやぁな予感。ひょっとして揉み返しだったりして…

それから高岡の魔の階段を縋りながらの登坂。
ギリギリに間に合った。

サンダーバードの中での姉妹の対話は途切れず、3時間はすぐだった。

山科在住の母と妹の待つ、旅庵花月へと向かう。

大手術を終えた95歳の母は、宿が用意してくれた車椅子は使ったものの、至って元気。

次々と運ばれる料理にもしっかりと完食した。



















京都二日目晴れ

2009年10月03日
カラッと晴れた。

あんなに土砂降りだったのに信じられない。

「今日はどうしょうか。」「嵐山に行きたい」「OK」

ところが非常に身体が痛い。でも貴重な逢瀬なのだから、母を山科に送って姉妹三人で行くことに決定。

取り敢えず朝食



母を迎えに来てくれた甥の車に乗って山科駅へ。
そして、京都駅へそれから嵯峨嵐山まで電車の旅。

身体は益々棒のような状態だが、妹たちが荷物を持ってくれているので、かろうじてロボット歩きで散策した。

昨年 友人たちと過ごした嵐山散策をなぞる様に歩く。土曜日なので沢山の人だった。

まず「琴きき茶屋」にての一服は桜餅

途中の天竜寺には入らなかったが、傍の可愛いお地蔵様にパチリ


昼食は、やはり昨年同様「HANANA」の鯛茶漬けを注文する。妹たちの嬉しそうな顔を見ているだけで、美味しさは倍増した。



帰りの電車待ちの京都駅で、身体はピークに。
支えられ、荷も持って貰い、締め付けていた靴下すら脱がせて貰って乗車。

三時間後、魔の高岡階段が待っていた。
完全に自分の想像を超えた苦痛と、体調の自信がもろに崩れた日だった。

女って…

2009年10月04日
 昨夜は午後八時に福野に着いた主人と、同じく八時過ぎに高岡に着いた私の荷物が部屋中に散乱している。

薬を倍づつ飲んで就寝したけれど、まだ痛みは取れない。しかし、散乱状態をそのままには出来ず、ノロノロと家事を始めた。

掃除、洗濯、食事の用意。
傍らの物につながりながらの家事は、超が着くほどのスローだけど、休みなしでようやく完了した。

パートナーは、まだぐっすり。

こんな時、男って良いなぁ…と。

痛いの飛んでった

2009年10月06日
昼を待ち構えて、いつもの外科へ直行した。

肩、腰、足といつもの注射攻撃で、痛みは飛んでいった。

肩には弛緩剤をプスプスと、腰には尾てい骨にイタアイのをバサリと。

そして足は水を抜き、でもアンマリ溜まっていなかった。20CCと35CC。

酷い時には50CCも溜まっていた。
その後ヒヤルロンサンを注入をする。

他人は「大切な水なのだから抜いたらアカン」とおっしゃるが、足が腫れて浮腫みの上にギクッギリギリと歩くたびに痛む苦しさは、到底分かるまい。

私は医学を信じる。

絶対に。

…と言うことで、体調回復。バンザイ!!

金沢北陸病院

2009年10月06日
 主人の五十肩と言われる痛みを、何とかならないかと、以前富山新聞に掲載されていた、内視鏡の手術を求めて金沢の北陸病院に行った。

新聞掲載の数日後に、テレビで神の手を持つ医師たちの事が報じられ、その中には肩腱板損傷の手術が、詳しく報じられ、その有様を見て主人は「絶対しない。」と言い張った。

する、しないは別として、一度だけ説明と診断を受けて見ようと、なだめすかしての金沢行きだった。

病院の受付書類の書き込みに、手術を受けます。手術は絶対受けません。の文字に、迷うことなく受けませんに丸を付けてしまった。

「先生に申し訳ないなあ。何の為に此処まで来たのやら。」「うるせぃ。人ごとだと思って。」

待合室で、小声のバトル。

レントゲン、MRIも終え、医師の説明を聞く。
肩腱板は間違いなく切れていて、水も溜まっている。

手術をすれば確実に痛みが取れ、手も自由に上がるのだと言われた。

但し三週間の入院とその後二週間のリハビリが必要との説明だった。

主人はモゴモゴと腰を浮かせている。後日 電話をすることにして辞した。

これは絶対に此処には来ないなの予感。

腹が立つけれど主人の性格だから、仕方がない。

帰りに二時すぎていたので、近江町市場で食事をした。高いやつを注文してやった。


加賀野菜の天ぷら、鴨の治部煮、金時草とカニの酢もの、蓮蒸し、ゴリの佃煮、くるみ、大きな分厚い刺身



新しいパソコン到着

2009年10月10日
 もしかして、リカバリで再起不能になったら…と考えると、不安で思いっきりの事が出来なかったが、三男の奥さんからのパソコン購入の相談を受けて、「私のをアゲル。」と胸を叩いてしまった。

それから腹が決まり、新しいパソコンの購入まではトントン。

同じFMVだが、テンキーが横に付いたのを、そして色は深いブルーの素敵なものを購入。


古いパソコン(と言っても、二年目だけど)から、膨大なファイルをUSBメモリーに移し、早速リカバリに取り掛かった。

USBメモリーは8ギガのものを3本購入したので余裕。

マニアル片手に、長時間の作業も終了し、すごく上手くいった。…みたい。

人にあげるのが惜しくなった。えへ(笑)



金婚式とは

2009年10月11日
気が付いたら今年は金婚式だった。

社会福祉協議会の式典があったことを後日知って、忘れていた自分に腹立たしく、損したような、変てこな気分になっている。

これって自己申告なのは知っていたけれど、知らないうちに時期が過ぎてしまった。

なあんかねぇ!



秋の絵本

2009年10月11日
 おはぎ配食に添付する、メッセージカードを作成する。
 
都合がつかないと言う会員もいて、不安だったけれど、午前中が7人、午後からは2人の参加で、カード作りは完成しなかったが大分進んだ。

絵手紙部分、張り絵部分、貼り付け部分を持ち帰っての人も大勢で、14日の第2回には、完成するだろう。



サロンの打ち合わせ

2009年10月12日
 他の地区から随分離され、やっと第二回のサロンを開催する。

10月の多忙シーズンなので、欠席者が続々。
心配だなぁ。

とは言え、言いだしっぺとしては、何が何でも頑張らなくては。

打ち合わせレジメ、配布チラシ、ポスターを作成して打ち合わせを終えた。

このポスターの背景、すごく気に入って、先に頼まれたボ連協のポスターの背景と同じにしてしまった。

まっ! いいか。

モラと刺繍

2009年10月12日
 どうして、あんな細かい作業が出来るのだろう。

どうして、あんな美しい表現が出来るのだろう。

じっと眺めていると、知らない国の知らない神話を想像してしまった。

友人の作品をパチリ。



メッセージカード完成

2009年10月14日
11月のおはぎ配食に添付する、メッセージカード「秋の絵本」が作業終了した。

会員も都合のつかない人は二人だけ、アト11人が勢揃いし、段取り良く完了。

来月11月はクリスマスカードに着手し12月は年賀状を計画している。

昨年は後手後手になって、非常に苦労したので、前倒しの作業としょう。



ホッ


不安なボランティア団体

2009年10月14日
午前9時30分より、ともしび会の運営委員会だった。

会員の表彰をサンシップに同行し、お祝いする動員、南砺市V連協のボランティアひろば動員、おはぎ配食に関する事など、動員が年間に数件入ってくる。

事業を行う上での動員は仕方ないのかも知れないが、大変大変うんざり。

議題の中で、旅川会館の耐震工事並びに、使用目的に関する不安材料が取り上げられた。

おはぎ配食を、旅川会館の調理室で作業していたのに、22年4月1日からは使用できないとのこと。

このおはぎ配食もさながら、ボランティアルームすら否定されて、私たちの拠点はまた廃止の危険が見え隠れしだした。

他の地域のように、社協の中に一室を貰い優遇されているのを、また羨ましく思う時代になるのかなぁ。

合併前の町の頃、首長にひたすらお願いし、やっと叶ったボランティアルームなのに、旅川会館全体が違う使い方の方針が打ち出されているとか。

生涯福祉課に実際の方向を聞きに行くことに決定。

もしボランティアルームを追い出された場合、代替するものが用意されるのか、或いは市の方針が、福野のボランティア団体自体を潰そうとしているのかを見極めたい。

 

芸能祭リハーサル

2009年10月16日
 夜、芸能祭のリハーサルがヘリオスであった。

私たちの吟には、中学生の子どもたちが舞う。

「よろしくお願いします。」と、礼儀正しく頭を下げて、感じは良い。

舞台の上でのマイクの使い方が分からず、少し離れていたら、声が届かないと言われた。

たしかマイクの音量調節は、音響の人がすると思っていたのだが、私一人のソロと合吟が組み合わせている場合、マイクの位置を下がったり、前に出たりして自分たちで調節するのだって。… ふぅぅぅぅん。

何となく舞台リハは終了。

場所をスタジオDに移して、舞いともう一度 合わせる。

私も詩舞をかじっていたので、踊りはいつ見ても懐かしく、師に厳しく教えられた箇所を、今でも思い出す。


自分で出来ないくせに、厳しい批判が頭をよぎる。

後、教室メンバーとY師範とでラーメンを食べに行った。久し振りでおいしかった。

気ぜわしい一日

2009年10月18日
日曜日には、地域サロン「いずみの会」と、芸能祭が。

精一杯の精力を傾けたい、この二つの行事が同時に有るのが心配。

土曜の夜、必要な備品を運び込み、飾りつけ、食事の段取りも終えた。

スタッフに新しい人も一人迎え、日程の確認も終えた。

しかし、体調に異変。

体調は気持ちからかも。

頑張れ ガンバレ 私。

サロンと芸能祭と

2009年10月18日
 午前中は二日町サロン「いずみの里」
昨夜からのセッテングで、余裕の開会を迎えた。

しかし、雨。それもザァァっと。暗い空と寒い日の始まりだった。

「これは参加者は少ないぞ。」と思っていたら、やっぱり前回の三分の一だった。
今日の日は招魂祭と地蔵まつりと、芸能祭の満タンの大変な日だった。

それでも公民館に足を運んで下さった方々に感謝。

午前中には言葉遊びとして、福野の方言を教えて頂くつもりだったが、「知らん」「分からん」とおっしゃる。???


充分のおしゃべりタイムを経て昼食。スタッフがいろいろ考えてのおかずは、漬物、サラダ巻き、具だくさんのお味噌汁が揃った。



午後からひまわりグループの大型紙芝居ボランティア仲間のIさんに助けてもらい、読みを私がする。その後 歌で元気に声だし。


二時、皆さんが帰られたので、暖かいスタッフに急かされ、着物を着つけてヘリオスに走る。

二度ほどの練習を終え、舞台へ上る。
どうやら綱渡りのような一日だったが、芸能祭での詩吟は成功した。

疲れたよぉぉぉ。

熱心な学び

2009年10月20日
 午前中はめだかの会にてTさんの手助け。
彼女は民舞の大きな団体のトップ。

事務的なファイルを次々と作成している。

必要は何にも勝る勉学の一歩。

会う度に難問を私に突きつけて、それをクリヤしていく。とにかく忙しい日常らしく、時間の流用が素晴らしい。

二人だけの午前中に、フラッと男性が現れた。
PCはDynabook。
私もノートパソコンの最初に使っていた。

オーソドックスなデジカメの写真のトリミング等の加工方法が分からないんだそうだ。

「アラ!どうして?すぐ出来るよ」と、シャシャリ出てしまった。話を聞くと、グーグルで無料の何とか言うソフトを手に入れたので、これが正当だとおっしゃる。

こんな方には、どうも親切心は湧かないので「アラ!すごいわねぇ。私はサッパリ分からんわ。」…と。

久し振りの吹き込み

2009年10月22日
 どっちみち、方言の匂いが取れないのであれば…と、こだまの会での吹き込みには目を反らしていたが、会の代表Oさんの上手な誘いにノコノコと乗って、旅川会館に出かけてしまった。

2分程度の原稿を、イントネーションがどうの、アクセントがどうの…と言われると覚悟して臨んだが、私自身スルーっと出来、何も言われず終了した。

他地域の情報ボランティアと比較して、決して上手いやりかたとは思えない。内容にひと工夫が必要に思えるのだが、それが何か分からない。

夜、女性同級生8人での食事会。

「蔦」と言うお店で、美味しい料理を頂く。






ごちそうさん。明日からダイエットね。

虫にも負けず

2009年10月23日
 お向かいの柿の木は、すごいアメリカシロヒトリの襲撃を受け、傍に行く事もできなかった。

木の上も木の下も、通ることすら出来ない有様だったか゛、大したもので実がたわわに実り、今では色ずき始めた。



しかし、アメリカシロヒトリの状態を目の当たりにしているので、美味しそうには見えない。

それとは別に、友人のY子さんから「さわし柿」を頂いた。
 
焼酎に潜らせて、10日程密封すれば美味しい甘ガキの完成。

誰がこんなこと発見したのかねぇ。

くすり漬け

2009年10月24日
 パートナーの薬の数が、少しずつ増え続け現在は
一日に17粒。

診察の後、一か月分の沢山の薬の入った大きな袋を抱えて帰宅する。

それを毎日、朝、昼、夜の三回の区分け作業がこれが又 大変。
そして、一粒が転げだして行方不明ともなると、しゃがみ込んでの捜索。

毎日が薬との格闘の明け暮れの姿を見ていると、何とも空しい。

ふと処方箋の説明欄に目を向けた。一粒一粒の効能には、両手に余る副作用の注意事項がビッシリと書いてある。

薬は良く効くが、そのまた逆の作用もある。

ところで私は滅多に薬を口にしない。
たまに頭痛薬や風邪薬を服用すると、おっそろしく良く効く。

ボランティアルームのこれから…

2009年10月24日
 23日午前10時 旅川会館のボランティアルームの危機に、井波の行政センターに行ってきました。

平成17年1月26日に、合併前の首長相手に、何度も陳情を重ね、すでに以前から獲得している、他町にやっと追い付いて、ボランティアルームを獲得したのに、又 追い出される状態を悲しむばかりではダメだと思い、4人でそのいきさつ、今後などを担当の方に直接聞いてきました。

旅川会館の全般を障害の方たちの作業所となること。
二階三階にも、品物を置くスペースが必要とのことでした。

来年の3月末で、ボランティアルームの移動を決められていました。

代替となる所を、メープルの跡地を提案され、私たちの希望としては社協の傍でいたいのだとの提案で、メープル跡はキッパリとお断りしてきました。

長い懇談の結果、良いアイデアが一つ見つかり、少し前進を見届け、行政センターを辞しました。

ボランティア活動は、大きな社会情勢の中では、微々たるものかも知れません。

でも私たちの活動も今年30年を迎えます。

緑綬褒章を頂いた時期もありました。

もう少し、ボランティア自体を温かく考えて欲しいと思うのですが、やはりボランティアはどうでも良いポジションに居るのですかね。

メジマグロとはちめ

2009年10月25日
 長男の釣果のおすそ分けがこれ。
 はちめ

メジマグロ

調理

煮付け 
はちめの身が反り返って美味しそう。

昆布しめ 柵のまま昆布に乗せラップで包んだ。

山かけ 醤油に軽く漬けたメジマグロにとろろをかけ、のりを乗せた。 

刺身 結構身は赤いのだねぇ。

反省
メジマグロの捌き方が、何とも雑で折角のコリコリした身の角がない。
昆布しめは、沢山出来たけど、食べきれるのだろうか。
はちめは今日の煮付けを残して冷凍にした。
ところで、昆布しめは冷凍出来るのだろうか?
新しい魚の内臓は、さわっても硬いし臭みも少ない。
美味しかったよ。

毎日がドラマ

2009年10月27日
 毎日が目まぐるしい。

昨日は金沢の病院へ主人と共に。
なだめすかして、やっとかっと入院と内視鏡手術を決めた。  ホッ!

今日は、始まった高岡の選挙現場に。

高岡の選挙は義弟が頑張っている。求められる人材であるうちは、みんなの為に走る…と言う本人に、妹も内助の功を惜しげなく注いでいる。

地域の人たちが、事務所に詰め女性も街宣に食事作りにと支援して頂ける姿に、票を持たない私は、ただひたすら頭を下げてきた。


交流会とこだまの会作業

2009年10月29日
 28日は午後1時半から、さつき荘で城端の深山荘利用者の方たちへ紙芝居と懐メロを提供した。

老人施設利用者さん達は、それぞれ違う地域施設を訪問されるのだそうで、福野のさつき荘利用者さんも利賀に行くとか。

福野の安居寺を参拝された後なので、安居に伝わる民話が活きた。

体操と懐メロも、リードする私たちも喉がカラカラ。

でも楽しかった。

帰宅すると、こだまの会の吹き込みテープが届いていた。

これにラベルを貼り、内容説明と封筒をコピーし、完成させるまでに、結構な時間が掛る。


結局 就寝は草木も眠る丑三つ時 真夜中の2時半になってしまった。

 

今日もマイマイコ

2009年10月29日
 心の憂さも世の中のモヤモヤも、吹き飛ばすようなスカッとした快晴でした。

丑三つ時完成 のテープを配布。
その後、高岡へ。途中長田フルーツで、みかんの箱を二個購入。選挙事務所への陣中見舞い。

ところが…

開けてビックリ!!!

二箱共、真っ青な青カビがビッシリと。

恥ずかしいやら、かっこ悪いやら。

帰りに長田フルーツに寄ってやんわりと嫌味を言って
きたが、腹の虫が治まらなかった。

帰りにテープを届けついでにY子さん宅へ。

玄関中に立派な菊がたわわと。




そうだ菊祭りがもうじきだった。

スプレー菊を切り花に頂いて帰宅した。


今日もグッタリ。

第21回県民ボランティア大会

2009年10月30日
 ボランティア仲間が二人がボランティア活動推進富山県民会議会長表彰を受けたので、サンシップまで出かけた。


車は二台、Tさんと私の車で六人で参加した。

私も同じ場所で表彰を受けたが、暖かく同行してくれた仲間は一人だけ。

やはり時の会長が気を利かせてくれてこそ、応援団も同行してくれる。

しかし、当時は会長だったので、自分で誘う訳にもいかないか! まっ!そうだった。

表彰後の講演で、「ボランティア」に、する人・受ける人の配役はありません。…とのテーマで、矢崎由美子さんが、阪神淡路大震災での体験を、話された。


大震災で得た、人との関わり、人に学んだもの、デジタル社会が、このような時に何の役にも立たなかった。かえって、戦中戦後を賢く生き抜いてこられた高齢者の知恵に、全ての歯車が助けられ動いた。

幼い子ども達も、私たち大人の一挙一動を眺め、自分の知恵を働かせ避難所の生活を助けてくれた。

こんな講演を聴くうちに、目からボロボロ溢れ出てくるものを拭くのに必死だった。

久しぶりで、心から感激できる言葉に会えた。


作者 : ひまわり

地域の風の中で、ゆったりと生きています。

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