nanto-e.com archive

暮らしの日記

地域の風の中で、ゆったりと楽しんでいます。

養生日

2010年05月03日
葬儀、旅行、祭りと続き、心も身体もダメージが一杯でした。

母を見送り、その悲しみが まだ実感できません。
ある人は1ヶ月後と言い、ある人は半年後と言います。

父の時も、バタバタ雑用に追われ、大声で泣き涙が溢れ出したのは、たしか2ヶ月後でした。

ですからその後の沖縄旅行にも、ケロケロとした感情で楽しんできました。

不謹慎と言われようが、世の中の例えを説教されようが、生きてる世界の生活が一番大切だと思っています。

しかし、さすがに疲れました。

心の疲れは親の支えが、確実に無くなった事。
身体の疲れは、歳によるもの。

さて! そんな事 言ってないで、楽しい生活を取り戻さなくちゃ。

クソ猫の写真撮ったどぉぉぉ

2010年05月04日
二年以上前から、せっせと隣の猫を求めて通う猫。


お隣の住人は、「我が家にはオスの猫と、お婆さんの猫がいて、恋の対象ではない筈」とおっしゃる。

雪の積もっている時も、大雨の時も、台風の時すらも、身をよじるような鳴き声は、夜中の2時まで続く。それが3時間おきの毎日。

最近時間帯が長くなって、やれやれ恋の季節は終わったかな? とホッとしていた。

ところがまた始まったので、窓の外を見ると、変なものを首にはめている。

犬が怪我をした時に、舐めないように保護するものと一緒。…と言うことは、飼い主がいると言う事か。
そして誰かに怪我でもさせられたのか。


飼い主は、私たちがこんなに迷惑している事を、全くご存じないと言うことか。

パッションフルーツ

2010年05月08日
先月末に沖縄へ旅行したが、宅急便でそれぞれの所へ送り、手ぶらにての帰宅だった。

唯一 那覇空港で買った自分への土産がパッションフルーツ。

フルーツランドでの強力なイメージが、何時までも脳裏から離れず、購入した。

息子宅、姉妹、親友宅へ、面白がって送ったのが、

スナックパイン

(節を手でもぎる様にして食べる)

スターフルーツ
(切り口が星の形をしている)

パッションフルーツ
(完熟すると外皮がしわしわの状態になり、甘酸っぱいトロリとした食感)


アテモヤ

(アイスクリームのような味、カスタードアップルとも呼ばれる)

カニステル
(卵の黄身の食感でエッグフルーツ共呼ばれる)

食べ方を記した用紙入りではあるが、目を白黒させている様が見えて、とても愉快だった。

うるうるの日

2010年05月09日
 今日は母の日。

毎年母の日には 3人のお嫁さんからプレゼントが届く。

この日は涙が溢れそうな、最高の母の日となる。

長男宅からは、センスの良いバッグ

早速 何処かへ出かけよう♪

次男宅からは、花の寄せ植えとおはぎ


出来立ての手作りおはぎは、まだ温かく柔らかかった。
主人と一緒に頂く。

三男宅からは、アジサイの大鉢

依然 紫陽花が好きと言った事があって、それから何年も母の日には変わった紫陽花が金沢から送られてくる。
何とか根づかそうと努力するのだが、へたくそで枯れてしまう。

三人の息子には、結構手を焼いたものだったが、自慢できる私タイプのお嫁さんを見つけて、最高の親孝行をしてくれた。



旅の記録出来上がり

2010年05月10日
 沖縄旅行のミニアルバムが完成した。


経費の清算、個人写真のプリント、そして このミニアルバムです。

旅の都度 アルバムを作ってきたものの、果たして喜ばれていたものか、自己満足かも知れない。

でも、一枚ずつの写真をアルバムに貼る作業が億劫になってきたのもあって、ミニアルバムならば いつでもすぐに開けられる。…と自分だけの解釈です。

今月の22日に集まって、楽しもう。
喜んでくれるかな。

サテ 次は母の49日の日に、みんなで懐かしむ母の姿を、何かの形にしよう。…と思っている。

ふれあい看護体験2010

2010年05月13日
 ふくの若葉病院で看護を少しだけ体験した。
前日からナースシューズ、白いストッキングを購入し、ハードな一日になるかも知れないので、薬なども服用し万全を期して今日を迎えた。

病院ではナイチンゲールの誕生日にちなみ、5月12日を『看護の日』として、一般住民の応募により、看護の体験学習を一日コースで行っている。

朝9時、若葉病院へ。西村看護部長さんに迎えられ、早速ナースの服装に。
ところが私に合う大きさのものが見当たらず、上は○○サイズ下は色違いのゴム紐使用のデッカイものに。


他の4人はそれなりにナースらしい形になったのに、自分のデブを棚にあげて。
チョッピリ応募したことへの後悔がよぎる。

3人と2人に分かれ実習。午前は病室でタッチング。「鯉のぼり」「北国の春」などの歌を口ずさみながら、手や足を擦る。

無表情だった患者さんの顔が、みるみる柔和になるのが見える。
懐かしい昔の歌とタッチングの効果が、私達にも分かった。

昼食を患者さん達は病室を出て、ホールで頂く。その前に嚥下体操として、パ・タ・カ・ラの言葉を数回声出し。そして、それぞれの食事。ゼリー状あり、
軟らかめあり、普通食ありで、数人を除き自分の手で食事されている。
病院側からすると、生活の変化を味わって貰うために、ホールで顔を合わせるのだそうです。

私達も病院食を頂く。

色彩的にも工夫されていて、ゼリー状食事の人のこの色が味噌汁なのか。この色は煮物の魚だったのかと、個体を頂く有難さをしみじみと感じつつ頂く。

お昼からは入浴の現場を見せて頂く。
本当は手伝わなくてはならないのだったが、どう見てもお邪魔虫。
ドライヤーで頭髪を乾かすのと、移送介助…と言っても、繋がっているだけ。
無我夢中の数時間だった。

がっつり頂きました。

2010年05月18日
 昨日 金沢まで用事があり出かけた。

主人が友達と一緒に温泉へ云ったのもあって、のびのびと「エムザ」巡りと、「近江町市場」を隈なく歩いた。

「エムザ」では、3Fの「紀男カフェ」で、パスタを食べる。
なんやら難しい名前で、即 忘れたが、すごく美味しかった。

うっかりと座った席が喫煙可能の席だったようで、二人の女性のスパスパが始まった。

大分 我慢していたが咳が出始めた。今更変わることも出来ず、パスタを早く食べて店の外へ。

大好きなデパ地下を心おきなく歩き、その足で近江町市場を歩く。
買っても買わなくても、ウインドショッピングは楽しい。

夕方になったので息子の家に。
夕食はステーキ。
エムザ地下のステーキの店に息子の家族と行く。
肉は軟らかく最高でした。


あれ? 金沢の用事は何だったけ?


食べまい会

2010年05月22日
婦人会OG8人のグルメ会を「食べまい会」と言います。

先月末に楽しい沖縄旅行を終え、全経費の清算報告と余剰金の配布、そしてアルバムを手渡し、今年幹事の仕事は終了しました。

やった事のないコーディネーターの責任の重さに、やっと本日解放されて、食事の美味しかった事。

それにしてもアルバムが大好評で、話題が途切れませんでした。

次の幹事のOさんに、今度は何処へ行こうか…と催促。

楽しいグループに育っています。

このグループは、サロンの大協力者たちでもあり、地元二日町の大事な仲間たちです。

鈍感力

2010年05月22日
主人に付き添って、金沢の病院へ再診に行った。

診察の結果、「これで大丈夫」との医師の言葉だったが、本人は信じられず、大事にしなくては…と。
大事にしなくても、無理をしても手を使って下さい。」との言葉にも、不本意な顔をしている。

帰りの車の中でも、ブツブツと…。

かつて私も同じ肩鍵盤断裂の手術をした。主人とは違って、結構大きなメスの痕が肩に残っている。
主人は内視鏡手術。驚くほどの回復力だったので医学の進歩に目を見張ったものだった。

ところが「病あぐらしい」と言う性格からか、手はポケットに突っ込みっぱなし、大事に…の言葉が大好きになってしまった。
筋肉は固まり、筋肉痛状態が続き、病人でもないのに一日の大半をベッドで過ごす。結果 足までフラフラ。

手術の先輩として、毎日の生活がトレーニングだと言っても、聞く耳を持たない。私は退院したその日から、家事の雑事が押し寄せて、リハビリと家事との両方で気が付いたら、手は上まで上がるようになっていた。

鈍感力の本を読んでいて、無理にでも鈍感を装って生活する女性と、病に対する敏感過ぎる主人は、どちらが幸せだったのか。

帰りに「毎度毎度アッシーをしていたのだから、ご馳走してよ」
と、近江町市場のグルメ階で、「じわもん定食」を食べた。


もうすぐ49日

2010年05月23日
 早いもので、もうすぐ母の49日になります。

お墓のある福野の常願寺での法要をと考えて、あれもこれもと私の頭の中は、ぐっちゃくちゃです。

葬儀の写真を見ていて、姉妹3人の思い出を残そうと、沖縄に続きアルバムを作成。

今、やっと完成です。


自分の幼い頃、父母の若い姿、姉妹の子供時代。

懐かしくて…。

でも まだ強泣の時間が来ません。

今日はウン回目の誕生日

2010年05月23日
 自分でも忘れるウン回目の誕生日が今日。

朝、我が家を訪れたのは、ア・ミューの中の花屋さんだった。

「ゆうやさんと言われる方からのお届けです。」


裕矢は私の初めての孫。
可愛くて愛しくて、どうしょうもなかった。
何を勘違いしたのか、朝になると母親の元へ迎えに行った。
おむつとミルク瓶を持って、私の子供のような感覚だった。

冷静に考えてみたら、母親にしても宝物だった筈なのに、恐ろしい事をしていたものだ。

ある時、別の孫を預かる事になった。
私と無理に離されたので、小さいのに円形脱毛となり、私は自分の浅はかな行為が、身震いする程怖くなった。

それからは孫たちには、平等に接することを心がけてきたが、26歳になった裕矢には、やはり何か強い繋がりを感じている。

早くお嫁さんを見つけて結婚生活を見せて欲しい。

眉毛が変

2010年05月25日
 もともと私の眉は、凛々しい程 濃くて、形が良かったのですが、気が強く鋭い顔に見られ損をしていたような気がする。

大分前に、ある化粧品やさんで眉の手入れを勧められて、美容師さんにやって貰らった。

ところが、平安時代のマロの状態。
そこで初めて眉ペンシルを購入し、化粧品にそれが加わった。

マロ状態がやっと回復し、今度はいつも行く美容院で、眉の手入れをして頂いた。
これは納得のいく感じだったが、今日は散髪屋さんでの顔そりをお願いしに行った。

気持が良く、理容師の話にも心地よい。うとうと…。

出来上がり。
ひぇっぇぇぇぇぇ。

眉が3分の一、いや4分の一の細さになっている。

親しい散髪屋さんだったので、ニコニコ笑って店を出たが、近くの薬局に飛び込んで、眉ペンシルを購入。

車の中でゴシゴシ書いたけど、なあんか変。

どうしょう。

明日から眉の勉強が始まるな。

チャレンジディにて

2010年05月26日
 今年のチャレンジディには、絶対参加して…

昨年はうっかり寝過して、ギリギリ体操に駆け込んだ。

今年こそ後悔したくない。

…と思って、5時に目覚めた。

6時10分に会場へ行った。だあれもいない。
日を間違えたカナ?
一瞬 不吉な想像が…。

その内、ひとりふたりなじみの顔が見えた。

6時半になっても、以前の五分の一程。

口々に「大変やね。」

誰が発起人か知らないが、継続する苦しみ、世話する苦痛。

結局 我々も歳を取ったと言うことか。ゲーム感覚のこの計画が、苦しみとなって来ている。

やっと泣けた。

2010年05月30日
母の49日を終了。

常願寺にて法要と納骨。
父の眠るお墓に納めた。

お寺では、足とか腰の痛い者のために、小さな椅子を用意してあった。

昨日、急に足の激痛に襲われ、病院に駆け込んだのだけど、杖を手放せない状態。
手当のお陰で、徐々に痛みは治まったが、誠に情けない。

すべての準備が、上手くいったと思ったが、やはり1人での考えと、身体の不調が押し寄せると、何かが抜けていたらしく、主人に文句をイッパイ貰った。

納骨後、庄川の庄永閣にて会食。
私たち姉妹の繋がりが、一同に会して賑やかな宴となった。

亡くなった96歳の母には、90歳と88歳の叔母が二人残った。
母とそっくりな風貌に、思わず甘えて昔語りで時間を過ごした。

一泊し妹たちとも楽しい時間を過ごしたが、帰宅して仏壇の父母の位牌を眺めているうちに、知らない間に涙がこぼれていた。

それからは、位牌二つを胸に押し当て大声で泣いた。

すっきりはしない。

まだまだ泣き足りないが、やっと泣けた。やっと実感が…。
作者 : ひまわり

地域の風の中で、ゆったりと生きています。

2014 年
1
2
3
4
6
7
8
9
10
11
12
2013 年
1
2
3
10
11
12
2012 年
10
11
12
2011 年
2
3
2010 年
2009 年
2008 年
1
2
3
4
5
6
7
2007 年
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11

なんと-e   このサイトに関して
2006年より2015年まで運用しておりました「なんと-e.com」のブログをアーカイブとして公開しております。
掲載内容はブログ投稿時の内容によりますので情報によって被った損害、損失に対して一切の責任を負いません。
公開期限は2020年を予定しておりまが、予告なしに変更又は削除する場合がありますのであらかじめご了承ください。