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暮らしの日記

地域の風の中で、ゆったりと楽しんでいます。

癌からの復活

2010年09月19日
 爆弾発見の日からさすが脳天気な私でも、ブログに手をつけることが出来ず、うじうじと数日を過ごした。

そしてある日
長男と次男に告白。
お盆の楽しい家族の集まりが、二人の顔つきで終了した


いくつかの精密検査
内視鏡カメラ…便秘の私は6日前から絶食と下剤で生活。
さすがに身体に力が湧かない。

結果 直腸がん。その上大腸が異常に長く、イメージとしては体内に収まる右、左、上、に大腸があり、洗濯機のホースのジャバラの様なものと思っていたのに、小腸のような大腸が発見された。


 その上、危うい場所にがん発見。ぎりぎりで人工肛門はしなくても良い。

そして8月31日手術。がんとついでに伸びだらの大腸を30センチ取り除く4時間の手術。

終了後、朦朧とした視界に入ったのは、京都から駆けつけた妹の顔。
家族が集まってくれていたのに、後は白い靄の中に見える人影のみ。

次の日
腹の中を引っかくような嫌な痛みと、背中、腰の鈍い痛み。うなるだけの一日。

少しずつの回復か、身体から尿管が外されたが、何やらかんやら繋がれた管からと仰向け状態は未だ解放しては貰えない。


有難い事に、京都から妹が看病に来てくれ、近くのクロスランドホテルに連泊しながら、面倒を見てくれた。腰を擦り足を揉み、蒲団を直し、トイレの介助も。妹は「4月に亡くなった母からの伝言で、此処に居るのだから…」と。



何度も涙を堪える。その妹も5日息子夫婦の迎えで帰宅。

どうしたことか、その日から悪寒と発熱の連続。いかに甘えていたのか。

6日 朝やっとこ出た重湯と味噌汁の上澄みが、又ストップで絶食になった。

どうやら先生曰く、腹膜炎になったようだった。一歩進んで二歩さがる。

延々入院前の自主絶食から14日。又重湯と味噌汁の上澄みからスタート。最初美味しいと感じたこの重湯も少しげんなりしてきた。早く形あるおかずにあり付けたい。
14日間の絶食にも関わらず、体重の減少がゼロ。点滴のお陰とか。でも痩せたいのにと点滴を睨んでいた。

その命の点滴とも13日に解放され、管だらけで首を絞められている悪夢ともお別れ。

18日、微熱は続いていたが退院した。
これからは、ゆっくりとした生活を送ろう。

体力減退

2010年09月21日
テレビを見ていても、パソコンに向かって居ても、直ぐ寝込んでしまう。

歩いていたらガクッと、膝が折れてこけそうになる。
冷や汗は常時、気がつくと肩で息をしている。

どうしたんだろうね。
病原は取ったのに、プラスアルファが取りついてしまった。

主人が今日、白内障の手術を受けた。
女性3人と主人の4人の手術だった。
付き添いは私たちだけ。

聞こえ越しに、「こんな手術で付き添いは可笑しい。」と言う。

4人揃った所で、看護師さんから手術の諸々を聞く。
耳の遠い主人にはチンプンカンプン。
何時ものように二度聴きが始まったので、私の出番。

空元気と不安の交差した主人に病室に入ってから説明のし直し。

1時45分、手術の開始。
病室を出る時間も合わせ、たった25分だった。

その間私はと言うと、冷たい汗がタラタラ。もう限界と私は帰宅した。

国勢調査

2010年09月23日
やったぁ!
 間違いなく5キロ減。

 ところがヘロヘロな生活。
 大きな声も出ない。

そして、ぐうぅうんと寒くなりましたね。
長袖を引っぱり出して、羽織っています。

最近のテレビの中のタレント達も、私たちに近い服装が見られます。

真冬に下着のようなキャミソール姿や、真夏に毛皮の付いた服など、流行の先取りかも知りませんが、アホとしか見えない。

そして今日、国勢調査員が我が家に見えました。
若い男性で、近所の独り暮らしの家の情報を尋ねられたけれど、分からなかった。

何でも知ってる情報屋さんも嫌いだけれど、余りにも近所の事を師らな過ぎるのもチョット。


今頃は

2010年09月24日
 本当は今日、姉妹3人で京都の宿「花月」にて、楽しい一夜を味わっていた筈なのに、私の身体はまだ言う事を聞いてくれない。

京都に住む妹の家族に、一夜の楽しみを譲った。
今頃は何をしているかな?

私はと言うと、また微熱に苦しんでいる。

早く良くなあれ!!

木立の中の言霊

2010年09月30日
以前から温め、ない頭を振りしぼっての作品が、微妙に脚色家の手によって変わっている。

脚本と脚色の差なのかも知れないが、何冊もの歴史書を読み漁り、古い本を集め、インターネットを駆使して埋めた文字の宝物が、文字の移動と臭い言葉の挿入で、いとも簡単に完成?化されてイライラは最高潮。

脚色家はズルイ。自分で作文もせず、人の頑張った物をいじくるだけ。

以前も経験した事なのに、友人に頼まれどうしても断れず、また同じ悲しみを味わっている。

平家伝説を利賀の郷に求め、当地の歴史家を訪ね昼夜を問わず考察、それを木立の中に言霊を例えて構成した。

それは私の反省としても、言葉に酔っていた状態だったかも知れない。

まっ! ここまで来たら、利賀山房で上演される構成吟を、楽しもう。
作者 : ひまわり

地域の風の中で、ゆったりと生きています。

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